AiliceHershey-1242.rev

御先稲荷という存在について話をしよう。
まず一番最初に私が言いたいのは、『この世界に御先稲荷という人間は存在しない』。
不思議に思わなかったのか?
御先稲荷とはそもそも、稲荷神の眷属であり、豊作を運ぶ霊獣として神に遣えている白狐の名前である。
そのような神の眷属の名前を、そのまま扱ったかのような、まるで彼女が白狐そのものであるかのような名前を、どうして誰ひとりとして疑問に思わないのか。
それは財団が、我々に記憶操作を施したからだ。
『御先稲荷という人間は現在サイト-81██において無力化物品、及びAOアイテムの管理員であり、SCP-███-JPに暴露した経歴は存在するものの、財団に有用となる異常性を持っていたため雇用された』という記憶を埋め込んだのだ。
はて、どこかで見た事ある文章だ。どこで君たちはこの文章を見たのだろう。
そう、これは御先稲荷の人事ファイルを要約した文章だ。
御先稲荷の人事ファイルを見る事、それが即ち記憶操作のトリガーなのである。
財団職員はこの人事ファイルを見る度に、思い出すようになっているのだ。御先稲荷の存在を。
この記憶操作はそれまで御先稲荷に会った事のない人間ですらも、現在の御先稲荷に会った事があるという記憶を思い出させる。
つまり御先稲荷は……無力化物品、及びAOアイテムを管理している素状の全くわからない人間なのである。財団に雇用された経歴はおろか、その前に存在していたかどうかすらも不明。財団の年号の中に突然出現した異物。

そのような異物を、何故財団は記憶操作を他の職員に施してまで保持し続けているのか。
それは御先稲荷が『生贄』として存在しなければならない事に他ならない。
プロトコル『狐の嫁入り』―――このプロトコルの存在を知る人間は、財団職員の中でもごく一部に限られている。
このプロトコルが記載されているオブジェクト報告書はもう存在しないからだ。財団はこの存在を、オブジェクトとして扱い、収容する事を諦めた。
そもそもモノがモノだ。報告書として纏められるべきではなかったのだ。関係者以外には『狐の嫁入り』についての情報は与えられないとはいえ、いつか必ず、そのオブジェクトを利用する人間が現れる。
端的にいえば、このオブジェクトは『その人間の魂と引き換えに、願いを叶える』という効力を持っている。
その『願い』には際限がなく、尚且つオブジェクトはランダムで対象となる人間の元へ移動を行うために、オブジェクトが対象となる人間と直接コンタクトを取らない限り位置も確定できず収容も不可能。しかし放っておけば、人類はまもなく破滅の道を歩むことになるだろう。
オブジェクト名は、確かそう、『夜叉』と呼ばれていたか。
その『夜叉』を封じ込めるために、『夜叉』の原形である神様―――稲荷神(荼枳尼天)に生贄をささげる。
これが『狐の嫁入り』の内容だ。
このプロトコルは定期的に数十年単位で、かつ、関係者以外誰に誰ひとりとして気づかれぬ事なく行われる。

『狐の嫁入り』を実行するにあたって、最低限必要なのは『狐』の様相をした人間である。
最初は身体的特徴が狐に酷似している人間を生贄として捧げていたらしいが、次第に存在自体が狐に近しい人間を稲荷神が求めるようになったために御先稲荷という存在を財団は作り、保持せざるを得なくなった。
そう、御先稲荷という存在は財団によって作られるのだ。当然、作りものにそれまでの経緯は存在せず、生贄になる度に別の個体をその名前で財団内にとどめておかなければならないため、御先稲荷と会う人間は必ず見るであろう人事ファイルに記憶操作のミームを施したのであろう。

ではそうして作られる御先稲荷とは何者なのか。
答えから言えば御先稲荷は比喩でも表現でもなく、狐である。
財団は存在自体が狐に近しい人間を作り上げるために、人間に狐のDNAを移植しようと試みていた。
しかし結果は移植の度に対象が拒絶反応を起こし死亡、財団はDNAの移植では生贄を作る事は不可能だと結論付けた。
ではどうするか。
財団は方向性を変えた。狐を人間にしたのだ
SCP-████-JPを使い、狐を人間とし一般的な人間として振る舞う事ができるまで教育を行った。
そちらの方が人員を失う事もなく、コストもかからないと考えたのだ。
倫理委員会も、それを是とした。
その結果今までに9人の御先稲荷が誕生し、8人の御先稲荷が生贄として捧げられていった。
そうする事で財団は『夜叉』の存在を封印してきたのだ。

しかし困った事があった。SCP-████-JPで人間となった狐はみな、何かしらの異常性を保持していたのだ。
在る者は嗅覚が、
在る者は見た目そのものが、
そして在る者は幻を見せる事が。
財団としてはただの生贄がそのような異常性を持っている事は危険極まりないと感じたのだろう。『狐の嫁入り』実行時に、その異常性を利用して脱走する可能性も否めない。
だから彼らは『首輪』を全ての御先稲荷に付け、飼いならすことにした。
その異常性を活かし、財団内のスタッフとして雇用した。そして更に、御先稲荷の脳に予め小型の爆弾を埋め込んだ。そうする事で、いつでも御先稲荷を監視下に置き、いざとなれば身体を傷つける事なく死体を回収できる。
財団としては狐の様相をした体さえ残っていればよかったのだ。死体を動かすような術ならいくらでもある。

これが御先稲荷という人物の真相であり、全てだ。
私が調べる事のできる全てを有し得た情報のみの記載となってしまうため、情報が幾分か欠落してしまっているのは申し訳ない。
最後にこの文書を読んでいる誰かへ、私からの願いがある。
きっとこの文章を誰かが読んでいる頃には、御先稲荷はきっと別の誰かになっているのだろう。
だから、どうか、
その御先稲荷には、生きていてよかったと思えるほどの、素晴らしい記憶を与えてくれ。
同胞として、同じ御先稲荷として切に願う。

―――九代目御先稲荷


ライセンス: CC3.0 BY-SA
著者: AiliceHersheyAiliceHershey
引用元: AiliceHersheyの保管室 - 「████より」(リビジョン番号: 1242)

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